現実のコールド・スリープ

現実のコールド・スリープも、かの映画と同様に料金はべらぼうに高いようですが、前払いなので会社がつぶれない限り契約不履行にだけはならないようです。お金はあるのだけど今の医学と医療のレベルでは、もう半年しか余命がもたないと診断を受けた人などが(意外なほど)利用しているようです。ただ医学・科学側の回答は(今のところ)人工冷凍睡眠の実現には疑間を示しています。

 

人間の身体そのものではなく、精子の冷凍保存は一九四〇年代に確立しています。ご存知のように精子は単細胞ですから、比較的保存が容易なのです。細胞を冷凍保存する時の問題点は、凍ると水分の体積が増えてしまうことです。皆さんもうっかり水を張ったグラスを凍らせて割ってしまった経験があるのではないでしょうか。細胞でも、これと同じことが起きるのです。そこで、精子の冷凍保存の際にはグリセリン(アルコールの一種)を利用します。少し専門的な話をすると、グリセリンのような高分子(大きな分子。モノマーと呼ばれる構造が重合している状態?ポリマー)の周辺にある水の分子は凍りにくくなります。これは不凍液を加えた状態(構造化といいます)と思ってください。この状態で精子を液体窒素で慎重に冷却すると、細胞を壊さずに冷凍保存することができるのです。しかし、細胞ひとつで構成される精子はともかく、臓器のひとつひとつや人の体まるごととなると話は変わります。おそらく、精子の冷凍保存が実用化されたことで、人の体もカチンカチンに凍らせれば「永久保存できる」と早合点したのではないでしょうか。もしも臓器をまるごと冷凍保存できるのならば、もつともっと臓器移植のチャンスが増えるはずなのですが、今のところ「心臓ならば二時間前後」というタイムリミットに阻まれていることも、臓器の冷凍保存、ひいては人体まるごとの冷凍保存が現状ではできないことの証明といえるでしょう。

 

余談ではありますが、人工冬眠(ハイバネーション)というと、映画『2001年宇宙の旅』に出てくるものが有名です。空想科学(SF)の世界だけではなく、これは日本の三菱化学生命科学研究所で実用化に向けて最先端の研究がされています。人間の心臓は摂氏四度くらいの低温になると死んでしまいますが、冬眠する動物の組織は低い温度でも死なないのです。これをじっくりと研究した結果、冬眠する動物の組織にはハイバネーション・プロテイン(冬眠たんぱく質)という物質が深く関わっていることが判明してきました。この物質は人の男性ホルモンや甲状腺ホルモンで生産量をコントロールできるようで、もしかするとこれを応用すれば人間を冬眠させることも将来的には可能性が高まるかもしれません。